下駄の音、浴衣姿、新町通りの人混み。
郡上踊りの発祥祭だ。
僕の地元は郡上八幡。
この日は地元に1人で帰郷していた。
人混みを避けつつ、目をつぶっても歩ける程の慣れた道のりで、「達磨飯店」に足を運んだ。
とある先輩の送別会に参加してきた。
先輩たちは、みな40超えだが、若々しかった。
送別会とはいえ、「いってらっしゃい」とか「頑張れよ」などの決まり文句は一切なく、ただただ喋って飲んで食った。
決まり文句に中身なんてない。やっぱり地元は居心地が良かった。
二日酔いの恐れがあったが、
ペパリーゼには絶大な信頼がある。
わざわざ買いに向かった。
そして翌日、
二日酔いになった。
とりあえず横になり、帰りのバスの時刻表を確認する。
すると、実家の父親がこう言った。
「美濃まで送るぞ、あれやったら」
美濃市まで車で送ってくれると言うのだ。
地元の郡上から、現在住んでいる羽島までの、ちょうど中間の地域だ。
バス代も安くつく。
「是非」
父の優しさに感動したが、父の本当の目的は、美濃にあるパチンコ「KEIZ」に行くことだと分かっていた。
早速、荷物をまとめ、携帯を手に持ち、車に乗り込み、美濃に向かう。
荷物は後部座席に雑に置き、携帯は助手席の間にあるドリンクホルダーに差し込んだ。
準備は万端だった。
しかし、時間ギリギリだ。
覆面パトカーを探りながら、向かうしかなかった。
なんとか時間に間に合いバス停に到着。
飛び降り、後部座席の荷物を肩にかける。
照れも混じった挨拶で、感謝している、と伝えた。
そして、父とお別れをした。
小さいプレハブのような美濃市のバス停は灼熱だった。
アクリルから入り込む日差しが容赦なくプレハブの中の温度を上げていく。
高速バスは時間より遅れる事がよくある。
道路の混み具合なども関係してくるから、致し方ないことは分かっていた。
「あと何分で来るかな」
そう思いながら、ポケットに手をやり、携帯で時間を見ようとした。
そこで気付いたのだ。
「しまった、携帯忘れた」
父の車のドリンクホルダーに、自分の携帯を差し込んだままだった。
父の車はすでに美濃インターの入口を通過していた。
「KEIZに行くんじゃないの!?」
そんな心の叫びがあったが、そんな事どうでもよかった。
やばい、電話しなければ。
しかし、携帯がないのだ。
周りには、公衆電話もない。
バスがもうすぐ来てしまう。
どうしよう。
僕の決断はこうだ。
とりあえず羽島の方向に帰ろう。
そうすれば連絡はなんとかなる。キッチンカーで携帯を取りに迎える。
父がココのバス停に戻ってきてくれるかもしれないが、戻って来ないかもしれない。
繰り返すが、バス停は灼熱だった。
7分遅れてきた高速バスに乗り込み、終点である岐阜駅へ向かった。
名鉄岐阜駅に到着し、まずやるべき事があった。
公衆電話を探すことだ。
この令和の時代、ほとんどの国民が携帯電話を持っている中、公衆電話を必要とする人がどれほどいるのか。
それは僕だ。
しかし、見渡しても見つからない。
駅員に聞いてみる。
「公衆電話、どこにありますか?」
駅員がうつむいた。
「んー、ごめんなさい分からないです。」
恐らく就職したてであろう若者だった。
君は公衆電話を知っているか?
そう言ってみたかったが、そんな事どうでもよかった。
とりあえず次を当たるしかない。
そう思いながら、踵を返すと、背後から声がかかる。
「すみません!」
英語でいうところのExcuce meだ。Sorryの方ではない。
先程の駅員が声をかけてきた。
「左に進んだとこにあるエレベーターを降りて、出た所にあります!」
彼は、公衆電話を知っていた。
ありがとうございます。
急いで、エレベーターで下へ向かう。
公衆電話があった。
10円なんて女々しいものは使わず、100円を投入する。
僕は父の電話番号をハッキリ覚えていた。
子供の頃は、母が入院を繰り返し、父と2人で暮らすことがあったから、家の電話から、父の携帯にかけることがよくあった。
だから20年以上経っても忘れていなかった。
今は特に覚える必要がなかったが、ここで役に立った。
「アホゥ!」
父は、範馬裕次郎のような叱責をしてきた。
と言うことは、僕は刃牙か。
そんな事どうでもよかった。
どうやらあの後、インターをUターンし、バス停へ向かってくれたそうだ。
「バス停で待っておけよ!」
しかし、あの灼熱は勘弁してほしかった。
謝罪を繰り返し、これからどうするか尋ねる。
「KEIZにおるで、そこまで取りに来い。」
やっぱりパチンコしていた。
電話を切り、これからのプランを頭の中で作成する。
- 名鉄岐阜駅から羽島に向かう。
- ひとまず帰宅。
- 自家用車は妻が使っているので、妻と連絡を取り合う。
- 一緒に携帯を取りに行く。
急いで取りに向かわねばならないので、高速道路を使う必要があった。
キッチンカーは中型車に位置するから高速代が高くつく。
出来れば自家用車で向かいたかった。
自家用車は現在妻が使っているはずだ。
公衆電話の前にいる今、やるべきことは、妻に連絡をとることだ。
僕は妻の電話番号を覚えていた。
もしもの時の緊急事態に備える必要があると思ったから、妻の電話番号は覚えておくべきだと考えていた。
妻の電話番号を覚えるのはかなり苦労した。
(ここは詳しく説明してみるが、飛ばしてもらっても構わない)
11桁の番号の中に1種類の同じ番号が4つ存在する。つまり、
090 – 5y6y – 3y1y (例)
このyの部分が同じ番号である。
この場合、2文字ずつのグループにして、その組み合わせで覚えた方がいいのだが、
その組み合わせを覚えるのが苦労した。
とにかく、苦労したことを伝えたい。
10円なんて女々しいものは使わず、200円を投入した。
得意げに、覚えた番号を打ち込む。
呼び出し音が鳴る。
・・・。
一向に電話に出ない。
もう一度かける。
・・・。
出ない。
非常に困る。
公衆電話の前で全て完結する必要があった。
にもかかわらず、妻は電話に出ない。
今は一刻を争う。
僕は急いで改札を抜け、自宅がある羽島市へ向かった。
そして、やむなくキッチンカーで高速に乗り、携帯を取りに行った。
パチンコ店で、座高の低い父を探すのに時間がかかったが、なんとか見つけて携帯を受け取った。
そして、真っ先に妻に電話する。
・・・。
出た。
「もしもし」
「おれ、公衆電話から何回もかけたんやけど。」
「え!?かかってきてないよ。」
「いやいや、5回はかけたよ。」
「知らない番号は鳴らないようにしてる。」
「・・・。」
もしもの時に覚えた苦労が水の泡となった。
知らない番号や、怪しい電話がかかってくることはあるかもしれない。
しかし、登録していない番号からかけているのは身近な人間かもしれない。
今一度、危機管理を見直してみてほしい。
非日常は、突然やってくるのだから。
ご清聴どうも。
