度胸も知性も持ち合わせない可哀想な当たり屋に絡まれた

さそり

下駄の音。

僕の地元では夏の風物詩である。

岐阜県の郡上八幡。

8月13日から8月16日まで郡上徹夜踊りというイベントがある。

20時から翌朝5時まで踊りあかすという、

なんとも狂った催しが100年以上も続いている。

今回は縁あって、踊り会場の近くでキッチンカーを出店できる運びとなった。

19時か会場の設営準備。到着。

「○○さんの店の前までお願いします。」

運営に指示された場所まで移動し、いつものように準備を始めていた。

すると、眼鏡をかけたご婦人が僕に近づいてくる。

地元でよくあるのが、年配の方が僕のことを一方的に知ってること。

両親の知り合いだったりが、「大きくなったね」と声をかけてくれることがある。

そのご婦人が口を開く。

「移動してもらえます?」

は?・・・耳を疑う。

少なくとも、知り合いでもなんでも無かった。

ご婦人は、僕のキッチンカーが配置予定だった店前、○○さんの主だった。

その店の前には、通り沿いに自動販売機が二台設置してあった。

その自動販売機が遮らないように配慮した位置に車を停めたのだが、

「こんなに近いと飲み物が売れない。反対側に移動してもらえます?」

キッチンカーを営む人間なら分かってもらえるだろうが、停車してから準備途中での移動は厄介である。

僕の場合も、鍋に一杯入った水を沸かしている途中だった。移動するなら、鍋の水を一旦抜いて、火を止めてから移動しなければならない。

間違いなく、開始時間には間に合わない。

「僕は指示通りにしただけなので、運営さんに聞いてもらえます?」

ご婦人が運営のもとへ駆け寄る。

答えは、

”移動せよ。”

骨が折れる思いで、その指示に従う。

移動できるよう、倒れそうなものに注意を払い、車の前後を入念に確認し、運転席に乗り込んだ。

こういったトラブルはたまにある。

いちいち感情を揺さぶられるようでは、この商売は成り立たない。

そう言い聞かせ、苦玉を奥歯でかみしめた。

すぐ目の前に十字路がある。

運営の誘導のもと、まず車を前進させ、十字路を超える。

そこからバックに切り替え、ハンドルを切り、東の方向に車を入れる。

ハンドルを左へ切り、先ほどの位置から180°回転させ、先ほどの店の正面、つまり反対側へ停車した。

20時の開始時間には間に合わないな。とりあえず急いで準備するか。

運転席から降りようとした。

すると、30歳か40歳くらいの男が、運転席まで歩み寄ってきた。

地元でよくあるのが、変わり果てた同級生や、一回だけ酒の席が一緒になった人物が声をかけてくること。

「久しぶり」

あの瞬間の対処法を、37年間生きてきても、僕はまだ知らない。

その男が口を開く。

「当たったんだけど」

ハ?・・・耳を疑う。

少なくとも、その男は変わり果てた同級生ではなかった。

「お前の車に当てられたんだけど。」

その男は、白髪交じりの長い髪を後ろで団子状に結んでいた。

Tシャツは鼠色の無地。無地の半ズボン。足元には下駄を履いている。

口角が少し吊り上がり不気味にほほ笑む。が、目は死んでいた。

37年間生きてきた経験が、瞬時に見抜いた。

あゝ、こいつは噓つきだ。

爪に垢が溜まってそうな、身から出た錆に責任を持てないような、人のせいにして困難から逃げ続けてきたような、クズでどうしようもない嘘つき野郎だ。

「あー、当たり屋さんね。ご苦労さん。そこどいて?」

男は立ち尽くしている。

運転席から降りても、その男は動こうとしない。

「どけ」

胸相撲をしてやった。

上半身にまとったメタボリックシンドローム。たれぱんだのような胸。日ごろの生活が顕著にでただらしない体。

たまに運動をしている僕にとって、道を開けるのは容易かった。

男のことは無視して準備に入ろうとするが、近くでジーッと、死んだ目でこちらを見てくる。

ちょっとは相手してやるか。

「証拠はあるの?」

男「・・・。」

「カメラは?動画は?」

男「・・・ない。」

「どこでぶつかったの?」

男「その十字路で。」

「ケガは?見せてみろよ。」

男「ケガをしてると言ったら、お前が負けるよ。」

は?・・・言葉を失う。

この類の輩は、法律を、あたかも詳しいかのように振りかざしてくる

しかし、こんな奴に有利な法律があれば、日本中にこんなバイキン野郎が溢れかえるであろう。

なんなら、見回りしているお巡りさんの目の前でアンパンチしてやっても良かった。

男「今から警察に言いに行くよ?郡上の警察がどう動くか楽しみだね。」

「やってみろよ!」

ここで僕がとどめを刺す。

「そもそも、会場の運営に誘導されながら車を移動してたんだ。車の前後に大人の男の人たちがいたんだから、幸運にも証人がいたな!?聞いてみるか?」

男「・・・。」

ここで、二人の消防団員が僕のキッチンカーに近づいてきた。

(補足:大きなイベントの営業開始前は、キッチンカーなどの火器を扱う施設に消防士たちが見回りに来ることが義務付けられている。)

消防団員の一人がこう声をかけてきた。

「けんくん、久しぶり!消火器とか見せてもらってもいい?」

「おー、ボン!久しぶりやなー。元気か?」

ボンのことは、僕がまだ郡上八幡に住んでた時、彼が小学生の頃から弟のように可愛がっていた。

そんな彼は立派な消防士になっていた。

「けんくん、あとLPガスも中に積んでる?」

「あー、好きに見てってくれていいよ。そんなことよりよー、今当たり屋に絡まれててよ。」

「えー!?どこ!?」

そう言いながら、例の男の方に指を指したが、奴は忽然と姿を消していた。

意見を押し通す度胸もなく、それに伴う知性もない。

そして・・・運もない。

相手を間違えたな。可哀そうな当たり屋さん。

次もしまた会うことがあれば、

友達にでもなってやろうと思う。

その日まで。

では。

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